誰の責任?「親でしょ!」 この世に生命を誕生させるのは「親」です。但し…最終的には「自分」です!!どんなに社会が変化しようと「生命」だけは決してデジタルではない!

教育プロレスとは?

「教育プロレス」は熊本から誕生した新しい教育手法です。

【教育プロレス[固有名詞]】
2009年より熊本県内の小・中・高校を中心に実施されている教育手法で、同県八代市在住の現役プロレスラー・幸村ケンシロウ氏が立案・提唱。当初は「バーチャル中心の社会」によって生じる教育上の弊害(画面ボケ)を懸念し、「体を張って痛みを伝える情操教育」が理念の主軸であった。しかし、回を増すごとに教育の「本音・建前」などを含む深い部分にまで鋭く切り込む姿勢を見せ、その結果「他に例を見ない斬新な教育」として現在、多方面から注目されている。
特に、「生命尊厳の意味を理解すること」、「一生、学ぶ姿勢を持つこと」が人間の根本であり、その生命をこの世に誕生させた「親」こそが、人間教育のカギを握るという理念を主とした自らの教育論を全面に押し出し展開中。
「生命」―「自己有用」―「使命」という本当の意味での生命論、及び「教育の明と暗」を使い分けることなど、今まで教育現場やマスコミ等の盲点となっていた部分にまでメスを入れながら「憧れられる大人」「父性」などを新たなメインキーワードのひとつに加え、活躍の場を拡大している。

人間、理屈だけで理解できると思いますか?

某日…とある場所で、ある幼児が高さ1メートル弱程の第二よじ登ろうとしていた。周囲は尖った岩や石ばかりという危険な場所。年齢、体格から考えて落下するなら頭から、という命にも関わる危険性。保護者らしき大人が「危ないから登っちゃダメ!」と注意はしていたものの、「危ない」の意味の理解が曖昧で、「興味」の方が先に立っているその幼児は、目を離すとまたよじ登らんとしていた。
バカな大人に憤った私は大人として「強く叱る」という選択肢もあったが、それを後まわしにして自分が台に登り、わざと派手に転倒・落下してみせた。腕には多少の擦過傷…一部始終を見たその幼児はその時、「危ない」の本当の意味がわかり、以後その台には登ろうとしなかった。
実はこの出来事が「大人が体を張って伝える人間教育『教育プロレス』」を発案、提唱に至ったキッカケです。

「生きる力」をどれだけ教えられるか?

ここ数年、教育現場において、「今、一番生徒(児童)に教育すべき大切なことはどういうことだと思いますか?」と様々な形で質問したところ、「命の大切さ」「他人の痛みがわかること」「夢・目標を持つこと」…等、本来なら家庭でなされるべき「人として」の情操教育に当たるものが圧倒的に多く、同時にこれらは「言葉」や「理屈」だけ並べてもなかなか理解させにくいということであるという結論を再認識しました。

要するに 本質に気付くためには、何事も「理屈」や「画像」より「生」「現場」なのです。教育においても同じで、「言葉」だけ、「画像」だけではなかなか生徒・児童の心を動かすのは困難なのが現実です。

そこで 熊本に住む唯一人のプロレスラーである私の『使命』として、まずは県内の小・中学校など、教育現場の中で試合+メッセージという「体」と「言葉」を使った形での「試合・講演」を行い、「人の痛み」「生の感動」「夢、目標を 持ち、努力することの意義」などを「五感」を使って育んでほしいというのが趣旨です。

昨今 どんなに悪さをした生徒に対しても「コツン!」とやれば、それがとがめられるような複雑な教育現場の実情ではありますが、「教育」とは「どう生きるか」の種蒔き。「教え」より青少年が憧れるような「大人の生き方を示す」というのが私の持論です。

「理想論・一般論」を踏まえたうえで、教えていくべきこと。

〜「理想論・一般論」を踏まえたうえで、教えていくべきこと。〜

立案当初、「理論」のみでは伝えにくい情操教育を「局面を目のあたりにする」ことで、自分事として学んでもらう…それが「教育プロレス」の提案理由でした。それから5年間、様々な現場で学ばせて頂き感じたこと、それは教育上の問題解決には大きく分けて「理想的解決」(明)「現実的見地からの解決」(暗)の2つがあるということです。

学校という教育機関が文部科学省管轄下に置かれている以上、例えば「イジメを苦に自殺」という事件があった時、「イジメの撲滅」という当然かつ理想的指導しか行いづらい―もちろん、それは最重要で指導の基盤であることには違いないのですが、それだけでは解決困難な「現実」があります。

  • いじめの本質がいかにダサいか、同時に悪口・陰口の類は、言えば言うほど実は「自分の価値を下げている」という盲点に気づかせること。
  • 自ら「命を絶つ」ということがどういうことか?少なくとも親は「悲しい」ではなく「生涯苦しい!」
  • どこにでも「ボロっちい人間」(悪人)は存在する。社会に出てからの方が、あらゆる局面において、いじめ・悪口・陰口・足引っぱり…等、熾烈を極める場合が多い。そのような「悪人」をどうやってうまくかわすか?どう避けるか?また、どう共存していくか?…など、生き方のコツのようなものをアドバイス。
  • 人間は動物学上、「自分が一番かわいい」のが当たり前。他人より上に見られたい、ましてや、このご時世ネットに何とでも他者への攻撃、書き込みができる社会。そして、その程度では警察も動かないという現状…ならば、少々の事には動じない強い心、大きな器を持つべきという教育…etc

など、「明と暗」の教育を大人(特に親)がしっかり咀嚼しておく必要もあると思います。一番重要なのは「何のために生きるのか?「なぜ勉強するのか?」など、細々した指導以前の根本的な「大もと」の問にちゃんと大人が答えを出せるのか?「指導」する以上、我々大人こそが「学び」に力を注いでいくべきだと痛感しておる今日この頃です。
これからも、「教育プロレス」は日々学び「進化」していくことをお約束し、私のご挨拶とさせていただきます。

プロレスリング求道軍(ぐどうぐん)
代表 幸村ケンシロウ